◎英語の勉強ってどうやってるの?、なんでそれを選んだの?、という話。

私が最近、英語のポストばかりしているので、表題の質問をよく受けるようになりました。笑

 

で、その質問には「よしみさんが選んだということは、何か理由があるはずだ、合理的な選択のはずだ、効率的な実践が具体的に研究されているはずだ」という修飾語がついていることが多くて、、、そういうイメージなんだ、、、ということに若干おどろくと共に、質問に答えようにも、はじめから高めのハードルが設定されている、、、という謎の体験をすることになりました。笑

 

最近、またたて続けに質問されたので、それに答えようと思ったら、とてもメッセンジャーに書ききれる分量じゃなかったので、公開することに。一応、相手先を想定して書いているので、一部、その相手先に合わせた構成になっていますが(人によっては偏りを感じる方も在るかと思いますが)、ご容赦くださいませ。

 

 

英語の件、わたしは、レベレストという半年間のプログラムに参加していて、かなり効果的だと思ってます。6−11月の半年で、残すところ1.5ヶ月。

論点は実にたくさんあるのだが、

1)半年間、徹底的・集中的に英語に取り組むこと
2)ひとりでやらない、英語学習仲間とやる

という2点が、何より肝心なのでは?というのが実感。

半年という期間の普遍性はわからないけど、いずれにしても、一定期間覚悟を決めて「英語漬け」になるというステップは必須っぽいです。この間、必然的に英語学習関連の情報に触れることが多かったけれども、1は共通して言われてました。そして、ワーママにとっては、「半年間」という時間設定は妥当なのでは?という印象。成果を求めるには3ヶ月じゃ短すぎるし、「インテンシブに」という条件下では一年は長過ぎる。

また、英語学習において、「仲間の存在の重要性」をうたっているものは見当たらないけど、まずもって、超大事。私は、英語仲間がいなければ、ここまで辿り着かずに離脱していたことは、間違いない。実際に、致命的な谷が2回くらいあったけど、仲間の存在のおかげで乗り切れた。“三度の飯より英語が好き”というタイプでもない限り、孤高の努力だけでは、成果に辿り着けないと断言できる。

 

 

ちなみに、“英語そのもの”は全然教えてくれないプログラムで(笑)、わたしは、そこも気に入ってます。なぜなら、プログラム参加者の現時点での英語力も、目指すゴールとして必要な英語力も違うから、共通の「これがベスト」みたいな学習法や教材があるはずがないわけで。こどもの学校教育で個別化の重要性が論点になる風潮があるなかで、自分の英語学習においては「唯一正解の学習法」を求めるというのも、ナンセンスな話よね。もとい、レベレストでは決まった体系や教材がない代わりに、誰にでも通用する英語学習のエッセンスのインプットがあり(私的にはかなり肚落ち感がある)、かつLevel別/目的別の推奨教材は紹介してもらえるので、まったく問題ないです。

私自身の現時点の成果という意味では、英語力は、まだまだ十分とは言い難いが、半年前に比べて確実に向上したのはたしか。何より、こんな感じで英語をやっていけばいいんだな、という学習内容とプロセスに確信を持てたことと、英語の勉強自体が楽しくなってきて、苦痛や負担を感じなくなった、というのは大きい(多少、飽きたと感じることはある)。

ちなみに、私は仕事上の必要性から、「英語を聞く」ことと「英語で話す」にフォーカスしたニーズがあって、このプログラムの特徴に合っていた、というのもある(読み書きは当面放置と決めていた、なぜならGoogle翻訳を使い倒せば間に合うから、逆に自力で読み書きしてたらとても仕事のペースに追いつかない)。

ちなみに、一週間で話せるとか、聞き流すだけで話せるとか、あれらの類は完全に神話だと思ってて、まあ、語学習得はお手軽には出来ない、という立場。こどもの日本語習得プロセスを見てても、本来時間の掛かるものだし、インプットとアウトプットの両方が必須で、そしてアウトプットに対する適切なフィードバックループがないと、語学は習得できない、というのが学び。

 

 

次に、一周まわってワーママは有利なのでは?という話を少し。

正直、これまで産後の仕事は、量じゃなくて質での勝負を徹底してきたわけで、英語は「ゆうても量が必須」という点は、キツイ。毎日2時間の英語学習時間の確保から始まって、いまは3時間推奨。なので、スキマ時間を掻き集めるだけでは足りなくて、仕事と英語を絡めるとか、出来るだけ新規の仕事は12月以降にするなどして、「英語時間」を確保してる。

ぶっちゃけ、わたしは、英語学習において、本当の意味での「会社員ワーママの悲哀」を、はじめて実感したかもしれないなあ、と思ってる。苦笑 質だけでなく、必然的に「時間的な量」でも戦わなければいけない対象(英語)を扱い始めてしまって、可処分時間が多い人たちが、心底うらやましいと思った。笑 実際には、プログラム参加者間での相対比較、相対評価は全くされないんだけど、自分にやる気があっても、時間が十分に確保できない環境のジレンマに、うっかりモチベーションを落とした時期(一発目の致命的な谷)を乗り越えて、いまがあるという感じ。笑 比較や評価をされなくてもこんだけツライんだから、会社員ワーママの苦悩をや、、、と思ったわ、ほんとに。涙

一方で、産後の両立生活で培ったノウハウが、かなり水平展開できていることも実感していて、ワーママは、一周まわってむしろ強いのでは?と思う。

私としては、産後の両立生活初期に、最も心を砕いたことは「こどもにとって、“ママの仕事”が、“ママを取り合う競合”ではなく、“応援の対象”になって欲しい」という願いから、そのための基盤をつくることだったわけ。で、これは英語学習にも水平展開できた。多少のバージョンアップは必要だったけど、「そのためにはどうすればいいか?逆に、何をしてはいけないか?」というエッセンスを理解していたことには、助けられた(詳細はテーマが変わってしまうので割愛するけど、ご要望があれば詳述できますw)。

プログラムの初回合宿で、これは短期的なごまかしでどうにかなるもんじゃないな、、、と分かったので、英語学習開始からの3ヶ月は、本当にそこに気を使った(もちろん、毎日2時間、英語をやりつつの同時進行として)。そしたら、無事に「英語は応援の対象」として、送り出してくれるようになり、励ましてくれるようになり、この基盤はとても大事。これが無ければ、とてもじゃないけど、英語が不自由なく話せるようになる域には達しないと思う。

同様に、夫や仕事仲間など、自分を取り巻く重要なステイクホルダーに対しても同じことがいえて、夫や仕事仲間が、ポジティブに応援してくれた環境にも、助けられていると思う。これも、超大事で、夫にも仕事仲間にも、超感謝してる。

(ちなみに、私にはその意図は全くなかったのだが、私が英語を始めて1ヶ月も経たないうちに、娘氏が英語をやりたいと言い出して、英語のプレスクール(週一)に行き始めたのには驚いた。まったくの想定外。本人のやる気は細かく拾って機会につなげる、という我が家の基本方針に則って通い始めたけど、彼女がこれによって英語を操れるようになるとは、まったく期待していない。英語が楽しいと思ってくれれば、それで十分。)

 

 

他にも、ワーママは、根本的な「時間に対するシビアさ」が身に沁みているから、それは強みだと思う。これまでの様々な工夫や、試行錯誤の道のりが、英語学習にはプラスに働くというのを実感中。ワーママじゃなくても、仕事の時間あたり生産性に対してドラスティックな意識変革と具体的実践の必要に迫られたことがある人は、強いんじゃないかな。。

プログラムの最初に、どうやって英語時間を確保するかを具体化するワークがあったのだが、その時点では、すでに両立生活のリズムが最適化されている状態で、とても英語学習のスキマがあるようには思えず、絶望的な気持ちになったよ。笑 「こんな絞りきった雑巾のような状態で、ここからは一滴の水さえも出てこないのではないか・・・」というところからのスタートだったけど、現実的には、過去の両立生活を成り立たせるための試行錯誤のノウハウがそのまま使えるわけだから、むしろ、強みしかない、と考え直した。笑 ゼロベースで組み直せばいいだけなので、マインドセットさえ切り替えられれば、あとは問題なかった。

 

 

これからワーママ生活が始まる、という意味では、英語上達の短期的な成果は期待せずに一日30分でも続けてみて、両立生活の感覚が掴めてきたら、「一定の英語漬け期間」を設定する、という感じが良いのかも。

私自身、このプログラムが終了したからといって、英語から離れてしまったら、元の木阿弥であることも想像に難くなく、まあ、甘くないよね、、、と思っているのが今。笑 せっかくここまで登ってこれたのだから、落とさずに維持したいし、そもそも十分ではないのだから向上させたいわけだし、今後も継続的な英語学習の必要性は感じてる。その意味では、「半年間の英語漬け」は、最低限必要なスタート地点に過ぎないのであって、to be continued...なんだよね。。道は果てしない。。笑

 

 

具体的な教材に関しては、私のパターンでいえば、この本から読むといいとか、この教材がいいとか、のオススメはあるのだが、それが誰にでも向いているかはわからないので(既存の英語力と、ゴール設定に拠る)、とりあえずはここまで。

実感としては、どんな教材を使うか、という具体策よりも、英語学習のための環境設定の方が遥かに大事で、そこを無視して「良き教材」に出会っても、結果はついてこないのではないか?と思う。前編が環境設定、後編が本とかアプリとかの具体策にあたり、前編なくして後編なし、という印象。イマココ。

Googleが翻訳コンニャクみたいなイヤホンを出したらしく(日本市場はまだ)、英語学習にどの程度の労力を割くべきかはいろんな考えがあると思うけど(ちなみにこの記事を読んで英語学習意欲が一時的に低減したことをここに白状しますw)、でも、一度でも「英語NGの圧倒的な不自由さ」を痛感したら、「ガチで使える翻訳コンニャク」の登場を待たずに、「いま」はじめてみる、というのも悪くないと思います。

アプリなども相当進化していて、かつての受験勉強の非効率さは何だったんだ???とマジでうなだれるくらい、効率のいい英語学習が出来るようになってるし、10年前に一生懸命努力した人に比べれば、だいぶラクチンできている、という視点もございます。笑

◎夏の風物詩!保活指南まとめ、のシェアでございます。

すっかり夏の気配ですね!
ということは、来春からの保育園選択に向けて、ぼちぼち希望園をリストアップしたり、見学をしたり、といったアクションを始めるのに良い季節です。笑
 
仕事柄か、毎年、保活に関する質問をいただくことが多いので、ランチついでに保活指南をすることが多いのですが、何年か前に、仕事つながりのパパ友からメールで質問をもらいました。メールだったので、普段はしゃべり散らかしていることを、うまいことテキストに残すことができまして、パパ友の許可を得て、若干追記などしつつ、当時の「保活指南まとめ」を公開することにいたしました。
 
今年もチラホラ、「例の、あの、保活指南の記事よみたいYO」という連絡が届き始めたので、風物詩的に公開いたします。
(※近く、ブログ記事にしてアーカイブできるようにしておきます。)
 
 
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▶前提条件
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・私が保活をしたのは、2012年、23区内です。いまでは超激戦区。当時もそれなりに激戦と言われている地域でした。
・23区内の超超激戦区にお住まいのパパ友とのやりとりの再録です。
・保活の本番は、行政から募集概要が発表される10月以降です。が、幼子を抱えて、猛烈な情報収集は思うように進みませんから、夏頃からボチボチと、、、という感じで、準備を始めておけると安心です。
 
・当時は無かった情報源として、下記2つがオススメです。
 −保育園に入ろう! 保活のすべてがわかる本(2016年発行)
  必読!体系的、網羅的に基本を押さえられます。ともだちが書いた本でして、信頼できます。
 
 −日経DUAL みんなのラクラク保育園検索
  これ便利!公立保育園のリストは簡単に手に入るのですが、近所の民営保育園を探すのは、クチコミ頼りが常でした。奇跡の検索エンジンです!
 
 
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▶情報収集編
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保活は、区によってまったく事情が異なる(基礎自治体がルールを作っている)ので、まずはお住いの基礎自治体(住民票を置いてる役所)のルール、を知ることが最優先です。それによって対策が異なるので。
 
次に、認可園以外の保育園について、地元ママ友からのクチコミ情報で所在や評判を調べ(区からは引き出せない情報なので地元ネットワークが最有力は情報源となります)、とりあえず可能な限り(入園の)申込だけはしておく、という2つが初動です。(認証・私立の場合、各園のルールによりますが、申込み順であるケースも多い(少なくとも公にはそういうルールということにしている園が多い)ので、入園申込みにコストが掛からない園については、見学前でもとりあえず入園申込みだけでもしておくと良いかもです)
 
後者はすでに対処済みのようですので、区の保育課のカウンターに行き、「もらえる資料と情報のすべて」を引き出してください。単に資料をもらうだけでなく、基本的なことを資料を見ながら説明してもらい、質問もして来ちゃうのが早いです。
 
(ちなみに、私が住んでいる◯◯区の場合、昨年度の園毎の申込者数の一覧資料をもらえたので、待機児童問題の現実的な難易度を自分なりに分析する一助になりまして、冷静に実態把握できましたし、対策を打つ際の意思決定の助けになりました。下記にまとめた程度の客観的な実態把握ができるくらいのローデータは、もらえます。
具体的には、第1志望の申込者数と、第2−11志望の申込者小計数があり、「第一志望の申込者数」が実質的なN数となります。各園の定員数と第一志望のN数の比率が、実質的な競争率です。というのも、◯◯区の場合、まず、第一志望者を母集団とした抽選を行い、定員に至らない場合は、第2−11志望者をまるっとまとめた集団を母集団として抽選をするのだそうです(!)。各区で抽選方法は異なるでしょうが、こういったプロセスがわかっていると、実質的な競争率を見積もるヒントになりそうです。
ちなみに、私が保活をした年の「0才児クラス入園希望者」の区全体の実質的な倍率は、1.6倍でした。加えて、園ごとに倍率を割り出してみると、最高倍率の認可園は4.5倍である一方で、倍率1を割っている認可園も6園/29園あることがわかりました。また、自身の第一志望園の実質的な倍率は1.3倍だったので、まあ、一定の対策をすれば入園可能であろうと踏みました。ちなみに、「1才児クラス入園希望者」の区全体の倍率は、1.9倍。0才児入園に比べて、倍率はあがるものの、個人的には、想定していたよりはエゲツない差ではないな、と思いました(2人に1人しか入れない、という意味では十分にエゲツないのですが、0歳入園と1歳入園の倍率の差分は、イメージほどは大きくないなと思いました。)
 
また、◯◯区の場合、「ポイント」の点数を1点でも上げておくことが大切なので、ルールの範囲内で出来る事を考え尽くして(懇願お手紙とかは完全に都市伝説なので全く無駄です)、2点の加点+時間的優先権、を得ました。加点の条件は、例えば、認可園申込以前に有料の保育サービスを区が規定する一定量を超えて利用した実績をつくり証明する書類を提出するなどですが、このポイントの付き方が区によって全く違うので、区のルールの把握が大事です。
 
ちなみに、すでにご承知おきかと思いますが、預け先の選択肢としては、次のようなものがあり得ますので、列挙しておきますね。
 
1)認可園(公設公営/公設民営/民設民営があります。つまり、私立の認可園もあります)
 
2)東京都認証園(基本民営)
 
3)認可でも認証でもない園(もちろん民営のみ。玉石混交ですが、高付加価値のインターなどもこれに含まれます)
 
(区の事業なので、区役所でついでに情報収集してくると良いです。保育園NGの場合のオプションとして、実際に利用経験のあるママ友を多数知っています。ただし倍率は同じく厳しいです。また、集団保育ではないので、長くても2才児クラスまでが限界です。平行して毎年保活をし、空きが出来たら保育園に移るのがオススメです)
 
5)預かり保育のある幼稚園
(ほとんど最終手段ですが、仕事を辞めてしまうよりもベターです。ネガは、お弁当持参のケースが多いこと、夏休みなどの長期休暇があるので対策が必要なこと、延長保育も17時までなど保育園よりも早めの場合が多いことがあげられます)
 
6)月極契約ができるベビーシッター会社(15−30万/月とコスト高ですが、一応手段のひとつではあります。オススメできるシッター会社はご紹介可能です。我が家の場合は、上記2〜4の選択肢は現実的でなかったので、月極シッターが最も現実的な代替案でした。良質なシッターさんを確保するためには、なるはやの登録が必要(入会金+シッター利用の有無に関わらず登録時点からの月会費の発生)でしたが、前述のような倍率分析ができたので、確実な加点対策を講じれば入園可能であろうと考え、ウン十万をドブに捨てずに済みました。あのローデータがもらえずに、客観的な倍率が計算できなかったら、おそらく、投資という名の元に、リスクヘッジをしたと思います。。。)
 
7)【追記】私が保活をしていた当時はありませんでしたが、その後の保育行政改革で、認定こども園(幼稚園+保育園の合体型)、小規模認可保育園(0-2歳児対象)などの枠組みも増えましたので、要確認です。いずれも、区にリストがあるはずです。
 
次は、見学などのプロセスに入りますが、長くなるので、ひとまずは初動のみに留めておきますね(笑。また別途、見学などのプロセスについてお知らせしますー!Good Luck☆☆☆
 
 
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▶見学編
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保育園見学の件、まず第一に、待機児童問題のことは一切忘れてください。つまり、「待機児童問題が大変だから入れれば御の字」ではなく、「こちらが保育園を選ぶのだ」、というマインドセットに入れ替えてください。
 
そして、ご夫婦で、子育ての大方針のようなものや、保育園に求めるものを改めて共有し、我が家なりの「保育園の選択基準」を定めてください。「大切な大切な我が子をこの保育園になら預けてもいい、と思えるところにしか預けない」という決意はわりと大切です。ご両親の保育園への信頼/不信は確実に子どもに伝わりますので、子どもの保育園生活における精神状態に直接的に作用します。また、信頼に欠ける預け先は、必ず、そうまでして仕事を続けるべきなのか?という迷いを連れてきます(断言!)。
 
(あくまで参考までですが、うちの場合は、こどもの環境づくりは親にとっては相当優先度の高い役割という認識から、預け先のリサーチに時間的投資を惜しまないこと、預け先の選択に際しても時間的&金銭的投資を惜しまないことを最優先としました。信頼できない近くの認可園に預けるくらいなら、信頼できる遠くて保育料の高い保育園を選ぶ、と。その上で、保育園に求める保育内容のプライオリティも決めました。毎日のことだから近いことが大事、という論もありますが、個人的には、利便性<信頼、という立場です)
 
うちの場合の具体的な調査手順は、以下の通りです。
 
1)候補園のリストアップ:
まず登園の可能エリアを、理想エリア/許容範囲内エリアに区分。保育内容の開示内容や評判などを参考に、合計10園リストアップしました。この際、認可、認証、認可外、独立系、インターなど、形態を問わずに横断的にリストしました。後のリサーチの結果の記録のために、エクセルにリストをつくっておきました。
 
2)各園に3回以上電話:
釈迦に説法ですが、電話対応はわりと素直に現場の実態を表すので、平均値を出すために各園に3回以上電話をして、対応の質を確かめてエクセルに結果と印象を記録。最終的に、電話取材段階で3回とも◎だった保育園は、現場の実態も◎。逆もまたしかりでした。
 
3)保育園見学:
保育園の見学は基本的にすべての園でWelcomeなので見学自体は可能です。ただ、予約をしておいた方がベター。この時、物理的な環境(園庭の有無や園庭がない場合の代替手段など)を確認することもそうですが、個人的には「整然としているか、雑然としているか」が参考になりました。また、我が家の場合、すべての園で質問したことは「こどものケンカに大人がどのように介入しているか?」でした。実際、見学していると、高確率で“小競り合いをしているこども”はいるので(笑、実態も見えるわけですが、一応質問もしました。意外と即介入してしまう園と、しばらく子ども同士の解決を見守る園に大別されますが、うちは後者を希望。意外と、現場の実態が前者である園は多かったです。その他も、各園で気になったことは聞きました。
 
4)園の方針など:
認可園の場合ほぼ同じですが、私の体験としては各園で大きく特徴が異なりました。認証や私立の場合は、まったく独自なので確認が必要です。うちの場合、認証や私立で「特徴」と掲げているものが、まったく我が家が求めるものと違う場合が多かったです(週イチの英語クラスにはネイティブの先生が来ます!とか)。
 
5)先生方の様子:
楽しそうか、つらそうか、ですね。こどもと接している場合は、大抵の場合に活き活きとしている先生が多いのですが、その他の業務をしている先生方の様子も、一応みました。あと、無駄に忙しそう(というか、バタバタしているなど)とか、雰囲気に違いはありました。個人的感想としては、大規模園は、超忙しそうという印象を受けました。
 
6)夫婦で摺り合わせ:
10園すべてを夫婦で見学するのは無理なので、そのうち優先度の高い数園を夫と見に行きました。いくつかの基準園があれば、その他の園の共有もしやすいので、問題ありませんでした。
 
長文すみません、とりあえずこんな感じですー!質問あれば、どうぞー。
 
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以上、我が家の場合をサンプルとした、保活指南です。
 
これまで何組のともだち夫婦にこの話をしてきたか、もう数え切れませんが、たいだい、それらのともだち家族からは、お礼と共に認可園内定の連絡をもらうことが多いです。居住地はそれぞれ違いますので、勝因がなんなのか分かりませんが、このやりとりをしたパパ友も、激戦区のなかでのサバイバルに成功したそうです。勝因は、下記のようなことなのかもしれないな、、、と思いまして、パパ友からのお礼メールを転載して、こちらの記事をおしまいにいたします。
 
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▶パパ友より。
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ありがとうございます。保育園の件は感情的な話が多いので、岡本さんの話はとても分かりやすくて凄く役に立ちました。
 
また教えて頂く事があるかと思いますが、今回は色々なアドバイスを聞けてとても助かりました。何に集中すべきか、どういう展開があるのか、等考える選択肢を整理できたのと、基礎情報を押さえられたので、ネットの情報に踊らされないですんだのがとてもありがたかったです。
 
> 「大切な大切な我が子をこの保育園になら預けてもいい、と思えるところにしか預けない」という決意はわりと大切です。
 
この視点は重要視していなかったのですが、言われてみれば大事ですね。明日所用がありちょうど有給取ったので妻とゆっくり話してみます。
 
とても参考になりました。
取り急ぎお礼まで。
 
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◎ママはさあ、なにになりたいの?

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昨日の自転車トーク。

娘氏(年中)に何の脈絡もなく、

「ママはさあ、パパみたいに大きくなったら、何になりたいの?」

と聞かれました。

 

「ママはパパよりも年上である」と知っているはずの娘氏に「パパよりも大きくなったら」と言われたので、身長や横幅などのことを言われているのだなと思いつつ、パパよりも大きくなるなんて大変だわよ!と、心の中でひとりで脱線しつつ(夫氏はわりと大きめです;)、「ママは、娘ちゃんと一緒に、おばあちゃんになりたい」と答えました。

 

すると娘氏は、「そうじゃなくて、夢のこと。どんなお仕事をしたいか、ってこと」と言います。・・・なるほど。大きくなったら仕事をする、という認識なのね、と思いつつ、いまの仕事は気に入ってるし楽しいから、いまのところ大きな路線変更は考えていないこと、ただもっと勉強したいと思ってるから大学院には行きたいな、と伝えました。

 

「そうなんだ。うちはねえ、まだ決められないの(楽しそうw)」と娘氏。

 

そこで「べつに、ひとつに決めなくてもいいと思うよ。2つか、3つくらいは、できるんじゃないかな?」と伝えておきました。同時期に複数の領域を跨ぐことは非効率な場合もあるかもしれないけど、10年、20年単位で時期をずらしていけば出来ると思うし、これからはそういうクロスボーダーなバックグラウンドを持つことが当たり前になるんだろうな、と思いつつ。(リンダ・グラットンさんの新著も、そんな感じのことがテーマとの認識ですが、まだ読んでません;積読ながい;読みたい;)

 

すると、娘氏は自分なりにいろいろ考えているようでした。一生懸命説明しますが要領を得ず「いまはうまくせつめいできないから、あとで、おうちでおしえてあげる」とのこと。どうも、目線が合わない自転車で、しかもクルマの騒音が激しい幹線道路沿いでは、うまく伝わらないと思ったらしいのです。

 

帰宅して聞いてみると、「月火水は3つのところに行くのね。まず、月曜日は、朝からひとつのところに行くでしょ。そのあと、別のところに行って、また別のところに行くの。火曜日も水曜日も、それと同じように、するの。わかる?」と娘氏。木曜と金曜について聞いてみると、「おやすみにする」のだそうです。なるほど。笑

 

「3日間、毎日3つの違うことをする」ということの実現可能性はわかりませんが、イメージの持ち方としては、悪くない方向性かもしれません。「将来の夢」をひとつに絞る必要はないし、もはやそういう時代でもない。ひとまず、そのことを伝えられたのは良かったなと思っています。本題ここまで。

 

 

関連して思い出したことがあるので、追記的に。

「大きくなったら、なにになりたい?」という質問を、これまでわたしたち夫婦はしませんでした。夫氏の意図は未確認ですが、私は意識して避けていたところがあって、いまでも私からそういう話をすることは滅多にありません。なんていうか、本来「自分のなかから湧き出るもの」であって、ただそれを待ちたいと思うからです。なので、もし娘氏から話題が投げ入れられれば、もちろん乗っかります。

 

で、最初に「将来の夢」的なことを話したのが、つい2ヶ月ほど前のことです。そのときは「馬の研究者になりたい」という話だったのですが、実はそれより前に、親類が集まる場での世間話的に「娘ちゃんは、大きくなったら何になりたいの?」という問いが、娘氏に向けられたことがあったことを、思い出しました。ありがちなシーンですね。笑

 

4才だったか、5才だったか、まあ比較的最近のことですが、娘氏は、イマイチ質問の意味がわからない、といった風情でした。そして、「フツーがいいよ。フツーの娘(名前)ちゃんになりたい」と言いました。それで、なるほど、と関心してしまったのです。なんというか、「どんぐり」みたいな話だなと。

 

わたしの勝手な推測なんですが、娘氏が醸し出していた雰囲気から私が感じたことは、「こどもは「どんぐり」っぽい感覚を持ってるんだな」というものでした。どんぐりみたいな、小さなツルンとした木の実から、椎や樫の大木になった姿はまったく想像がつかないけど、「自分以外のなにか」になろうなんて思わない、みたいな。

こどもって、元来そんな感じなのかもしれないな、と思ったのです。「フツーの娘ちゃん」という言葉に、確信と迫力があって、一体何を聞かれているのかわからない、、、という様子だったので、そんな風に感じたのだと思います。わたしの勝手な推測ですが、その調子でいってくれ、と思った次第です。

で、さらにいえば、いまの時代、どんぐり=椎とか、=樫のように、「たったひとつのなにか」じゃなくていいんじゃないかなと。最新の「どんぐり」は、複数のものになれる可能性を秘めた種なんじゃないかな、、、と、昨日の自転車トークで思いました。

◎けっこんできる?

ちょっとした家族の雑談で、ドラえもんのキャラのなかで誰と結婚したいか、という話になった。娘氏(年中)は、ひとしきり考えて「女の子とも、結婚できるんだよね?」と聞いてきた。夫氏と私はほとんど同時に「できるよ」と応える。
 
娘氏は、パパママがそう応える、ということはおそらくわかっていた。でも、保育園では「おんなとおんなはけっこんできない」と言うお友達がいることも、わかっている(以前そんな会話があったらしい)。まずは、両方の考えがある、というのを知ることからしか始まらない。そのあとで、どちらの考えを支持するかは、自分で決めればいい。
 
娘氏としては、のび太はのんびりさんだし、ジャイアンは乱暴だし、スネ夫はお金持ちだけといじわるだし、出来杉君もちょっと違う、というわけで、強いていえばしずかちゃんだろうか、でもちょっと違う、ということだった。
 
夫氏が、「ドラえもんは?」と聞くと「本当はドラえもんと結婚したいけど、ドラえもんはロボットだから結婚できない」と娘氏。夫氏が「そうかな?ロボットとでも、結婚できるんじゃない?」と言ったところで、この会話は収束に向かう。たしかに、いつかロボット(というかAIかな?)と人間の結婚が議論される日が、本当にくるのかもしれないな、と思った。
 
 
※おまけ
話の流れとして、夫氏が「パパとは結婚したくないの?」と水を向けると、「パパとはけっこんできないもんねえ」と年中女子に冷静に切り返され、いよいよ「パパのおよめさんになるの!」的なワードを聞くことは出来ない可能性が高まりました。笑

ちなみに、最近寒いので、娘氏が寝かしつけ担当にパパを指名することが増え、天然ゆたんぽとして娘氏から愛されていることを記録しておきます。

◎にんげんのさきっちょのさきっちょ

ある冬の寒い日、娘氏(年中)と自転車に乗っていたら、突然話しかけられた。まあ、いつものことだ。
 
娘氏「ねえ、ママ。にんげんのさきっちょのさきっちょには、“くろいせん”みたいなものはあるの?」
 
わたし「さきっちょのさきっちょ?くろいせん?」
 
娘氏「そう。妖怪ウォッチのケイタとかは、さかいめみたいなところに、くろいせんみたいなものがあるでしょ?うち(自称)は、それが、にんげんにもあるのかどうか、さきっちょのさきっちょを、ずうっとみてるんだけど、わからないの」
 
わたし「ああ、なるほど。へえ、おもしろいことに気付いたね。アニメとかぬりえとかには、黒い線が必ず描いてあるもんね」
 
という会話をした。娘氏はなにしろ自転車が好きで、長距離の自転車移動をよくリクエストされるのだけど、後部座席でそんな時間を楽しんでいたのだと知って、週に一度の、片道40分の、修行のような自転車移動も、報われたような気がした。
 
その質問に対して、わたしは「黒い線」があるとも無いとも言っていないけれども、数日後に、「さきっちょのくろいせん」の話はどうなったのか聞いてみたら、
 
娘氏「ああ、それはもうかいけつしたからいいの。にんげんには無いってわかったの。でも、モノにはあるのかどうか、それがわかんないんだよねー」
 
と言っていた。わたしがその「黒い線の違和感」に気付いたのは、オトナになってからで、20代に「ひとり文化部活動」と称して、舞台や博物館、美術館の類に足繁く通った期間があり、そのときに初めて気付いたことだったので、娘氏の疑問の持ち方を、純粋にすごいなと思った。
 
娘氏は、ドラえもんを筆頭に、ジブリアニメ、ぬりえなど、2次元コンテンツはとても大好きで、たくさんたくさん触れている。親としては制御に困るほどに。笑
 
でも、もしそういったものを禁止していたら、「さきっちょのさきっちょのくろいせん」について違和感を持ったり、ギモンに感じたり、自分の頭で時間を掛けてあれこれ考えたりすることもなかっただろうと思う。そう考えると、対象がどんなものであれ「こども自身が夢中になる」ものには、必ず学びはあるのだなと、改めて思った。
 
ーーー
 
関連して、ひとつおもしろいな、と思ったこと。
 
これは私の仮説に過ぎないのだけど、妖怪ウォッチの映画が、娘氏の「さきっちょのさきっちょのくろいせん」という疑問を顕在化させたのではないか?と。娘氏が具体的な例にあげたのが、ケイタだったから、そう思ったわけです。一番大好きらしいドラえもんでも、最近ご執心のプリキュアでもなく、妖怪ウォッチのケイタを引き合いに「さきっちょのさきっちょのくろいせん」を説明した。(関係者のみなさま:映画を観に行くくらいですから、娘氏は妖怪ウォッチももちろん好きです^^)
 
しかも、この冬の「映画妖怪ウォッチ」は、「アニメの世界(当然二次元)」と「毛穴の世界(実写)」が交錯する、という企画。12月中旬に映画を観て、年末に「ねえ、ママ」の場面となったので、多少のタイムラグがあるのだけど、私の仮説では、日ごろから娘氏の脳内に小さく積み上がっていて、自分でも言語化できていなかったけど、ボーッと考えたり、なにげに観察したりしている「ふしぎのたね」のようなものを、あの映画がつないでくれたのかもな、と。
 
二次元のコンテンツとして慣れ親しんだものが実写になると、一定の違和感がある。それを同一コンテンツ内で行き来するとなれば、なおさらだ。同じモノのはずなのに、どうしてこんなに違って見えるのか、なにがどう違うのか、考えるともなく考える。そんな時間を、楽しんだんじゃないかな?と思った次第。
 

◎みているひとは、しらべるひと。

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 (愛読書をトレーシングペーパーでなぞる遊び)

 

娘氏(年中)はNHKダーウィンが来た!」が好きで、たびたび観たがるので録画している。で、「ダーウィン」を観た日は、必ず「ダーウィンごっこ」をやるのが恒例で、夫婦に何かしらの配役が与えられる、という展開に。まあ、配役に関する拒否権および交渉権はあるが、ごっこに参加しない、という選択肢が認められることは、ほとんどない。笑

 

先日、ヒョウの親子がテーマだった日もご多分に漏れず、ヒョウ役はもちろん娘氏で、獲物役と天敵役が夫氏。私に与えられた役どころは、驚きの「みているひと」だった。笑 実はこのとき直感的に、娘氏の言う「みているひと」は、視聴者的なものではなく、番組内に登場する研究者のことではないか?と思ったのだが、すでに娘氏はヒョウになりきっていたので、質問するのはやめて、私は「みているひと」の役作りを勝手に進めることにしたのだが、特に娘氏も不満はなかったようで演技指導は入らなかった。笑

 

で、数日後。寝る前の絵本を選んだところ、絵本3冊+愛読書(絵でわかる馬の本)という構成。愛読書はもう数え切れないほど読んでいて、私でさえ、章立ても内容もほとんど頭に入っているような状態なのだが、この日「獣医さん」のページを読んでいるときに、ふと「動物のお医者さんになりたい?」と聞いてみた。最近、愛読書のリクエスト頻度があがっているので、なんとなーーーく。

 

すると、ニッコリしながら首を振る。ニッコリしているということは、なにか代案があるのだろうか?と思って聞いてみると、「どうぶつのけんきゅうしゃになる」と言った。ほう。娘氏が、将来の職業的なコメントをしたのはこれが初めてのことなので、おもしろいなと思って、ちょっといろいろ聞いてみることに。

 

娘氏:どうぶつのけんきゅうしゃになる!

 

わたし:へえ!たのしそうだね!研究者って、ダーウィンでずっと動物を観察していた人のこと?

 

娘氏:そう!

 

わたし:(やっぱり「みているひと」は研究者のことだったんだ!)そっかー。パパはね、大学院のときに、虫の研究してたんだよ。

 

娘氏:えっ???それは、ほんとうのこと???

 

わたし:(すっげー食いつきwww)うん、ほんと。明日、パパに確かめてみたら?

 

娘氏:うん、きいてくる!!ママもきて!!いっしょにきこう!!(と寝室を飛び出す)

 

わたし:(あ、いまなんだwww)う、うん。。。


というわけで、夫氏から「虫の研究をしていたのは本当」という言質を取って、「わたしは、おうまさんのけんきゅうをするの」と伝え、とりあえずは満足したらしく寝室に戻った。爆笑 なにげに「どうぶつのけんきゅうしゃ」から「おうまさんのけんきゅうしゃ」に変わってたけど、まあそこはスルーして、さらに質問してみることに。

 

わたし:ねえ、娘ちゃん。研究って、どんなことするんだろうね。

 

娘氏:しらべるんだよ、いろいろ。かんさつしたりとかして。

 

わたし:ふーん。たのしそうだね。ねえ、こないだダーウィンごっこしたときさ、ママは「みているひと」だったでしょう?あれは、ダーウィンにも出ていた、ヒョウを研究してたおじさんのこと?

 

娘氏:そうだよ。ねえ、うまのほん、よんで!!!


という展開で、話題終了。笑 やっぱり「みているひと」は研究者のことだったんだ。真っ暗闇の現場でプロのカメラマン並みのごっつい望遠カメラを使いこなして、取材にもこたえていたおじさん。厳しい乾季に見舞われた年、例年以上に餌がなく、その結果として、ヒョウのこどもがナマズを食糧に出来ることを発見して、種として持ち合わせている水への恐怖を克服しながら、ナマズの狩りの仕方を開発していく姿を捉えたのは、大発見だったらしい。それはヒョウのこどもの好奇心によって成し得たことで、最初にナマズを発見した母ヒョウには出来なかったこと、と解説していた。「ダーウィンが来た!」には、かならずテーマとなる動物の研究者が登場するのだが、そういった演出によって、娘氏は「研究者」の存在を知り、自分なりに理解したのだと思うと、改めていい番組だと思う。

 

それで、思い出したことがある。数日前のこと、娘氏が「ちょっと歯が痛い」と言い出した。確認してみると、下の歯がすこーーーしグラグラし始めているような感じ。保育園の年中クラスのお友達に、もう乳歯が3本も抜けた子がいる(!)こともあってか、娘氏が歯が抜けることへのあこがれを持っているらしいことは、わかっていた。

 

娘氏に、もしかしたら歯が抜ける準備が始まったのかも?と伝えると、めっちゃ嬉しそうな顔で笑う。それが、私の想像以上にめいっぱいの笑顔だったので、とても印象に残った。私自身のこども時代は、そんなに歯が抜けるのが嬉しかった記憶はなくて、むしろなんとなく痛いし嫌だったような気がするのだが、わかりやすい成長実感を得られるのが嬉しい、みたいなことなのかな?と思って聞いてみると、娘氏のリアクションが想定外すぎた。笑


わたし:歯が抜けるって、お姉さんになるみたいな感じがして、うれしいの?

 

娘氏:ちがうよ(キッパリ!) はがぬけるって、どんなかんじなのか、かんさつできるでしょ。それが、ちょーーーたのしみーーー!!!(満面の笑み)

 

わたし:あ、そうだったんだ。それは、たのしみだね(・・・ナナメ上すぎて想定外w)


というわけで、娘氏が、はじめて将来の夢っぽいことを口にしたのは「馬(動物?)の研究者」でした。ごっこ遊びの「みているひと」が「研究者」のことで、「おうまさんの研究者になりたい」と言い、乳歯が抜けるのが超楽しみなのは「歯が抜ける様子を観察できるから」と言う。これだけリンクすると、娘氏はほんとに研究者に向いてるのかもしれない、と思う。


追記:
歯が抜けることへの娘氏のワクワクについて、夫氏に共有。私が「成長実感じゃないらしいよ、なんだと思う?」といったら、こともなげに「歯が抜ける様子とか、観察したいんじゃない?」という夫氏。「え、乳歯の生えかわりへの反応として、それって一般的なの?」と返したところ「少なくとも、2/3だね」といわれ、アウェイ感を噛み締めるw

◎コソダテに関する、娘氏からのフィードバックのようなもの。

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(帰り道、「走りたい!」というので公園に寄ると、まあ私も免れるはずがなく。芝生だったので、裸足になったら気持ちよかった。ときどき、足元を見つめる時間は必要かも。)

最近、ふとした日常の、どうってことないシーンで、娘氏(5才・年中)が発した何気ない言葉や態度に、報われたような気持ちになったことがあったので、記録しておく。

 

1)ごっご遊びにて。

親子で“ごっご遊び”に興じていたときのこと。シーン設定から配役まで、娘氏主導で決定されるのがデフォルトで、この日はお寿司屋さんだった。夫氏がお客さんで、娘氏と私がお店の人。かつ、娘氏と私は親子で、娘氏が母親役、私が娘役という設定らしかった。わたしは、ごっご遊びの最中の娘氏の何気ない発言に、とても報われたような気持ちになった。

 

娘氏(母親役)は、お客さんである夫氏に呼ばれたので、まずは話を聞きに行った。内容は、私(娘役)への依頼事項だったらしい。すると、娘氏(母親役)は「おはなしはわかりました。それは、ムスメにきいてみなければわかりませんので、ちょっとおまちください」と言ったのである。

 

母親に伝えられたムスメへの依頼事項に対して、母親が判断を代行しない、という姿が、本人にとってアタリマエのこととして表出されていたように感じて、私はとても報われたような気持ちになった。それは、娘氏が0歳時のときから、私自身が肝に銘じてきたことだったから。日常の、本当に小さな小さなワンシーンの積み重ねでしかない。結果として、自己主張が強すぎる子ども(苦笑)になっている気がしたこともあって、これまでのコソダテが根本的に間違っていた可能性を内省したこともあったけれど、このお寿司屋さんごっこで「ああ、これで良かったんだな…」としみじみ思った。自分で判断できる、ということも大事だけど、他者の判断を尊重できる、ということも大事。それが出来るなら、大丈夫だね。

 

2)ヒタスラ待つ、について。

最近、仕事が忙しくて、夕食後にパソコンに向かうことがある。娘氏が一人遊びを始めたのを見計らって、その脇でPCを開く。家では、娘氏が起きている時間帯には仕事をしないようにしてきたので、娘氏は、ママはよっぽど仕事が忙しいらしい、と思ってくれているのかも?、、、しれない。

 

気がつくと、いつの間にか一人遊びは終わっていて、ごっご遊びに誘いたい雰囲気を醸し出している娘氏。キリのいいところまで終わらせたい私は、話し相手をしながらも、仕事の手を止められない。結局、この日は1時間も待たせることになったのだが、娘氏は怒ることもなく、急かすこともなく「おしごとがおわったら、おうちごっこしよう!」と待っていてくれた。その間、何度もこちらの様子を見て、少しだけ誘う。仕事のジャマにならない程度のセリフを与えられたりして、娘氏のなかでは、少しずつごっご遊びは始まっているらしいが(単に我慢するだけでなく、自分のニーズも叶えつつ、折り合いをつけている)、仕事が終わるまでの間は、私の関与を最小限にしながら、待っていてくれた。それも、2日連続で。(さすがに、3日目は仕事をしないようにした;苦笑)

 

実は、この「待つ」ということも、0歳の時からずっと、修行のようにヒタスラ心掛けてきたことだった。もちろん100%できていたとはとても言えないけど、本人にとってやりたいことや、やるべきことは、出来るだけ本人のペースを尊重して、ヒタスラ待つ、という役割を自分に課してきた。思い掛けず長丁場になってしまう場合も、途中で何度か声を掛けたり、こちらの都合や希望を伝えたりもするが、状況が許す限りにおいて、基本的には急かさない、、、ように心掛けたつもり。。。

 

そしてこの日、仕事に向かう私に対して、娘氏がそれをやってくれたような、、、気がした。都合のいい思い込みかもしれないけど、これまで、修行のように「ヒタスラ待つ」という役割を自分に課してきたことが、報われたような気持ちになった。

 

同時に、「ママが仕事をする」ということが、娘氏にとってマイナスなイメージではなく、応援するもの・サポートするもの、として扱ってもらえたような気がして、これまた報われたような気持ちになった。まあ、夕食後の時間に仕事を持ち込まなくていいようにマネジメントしろよ、という話ではあるんで、“家残業”は自粛しようと思ってますが。苦笑

 

 

どちらも、娘氏の言動に対する私の勝手な解釈で、本人にどんな意図があったのかは、きっと一生わからないのですが、少なくとも、報われたような気持ちになれた、というのは励みになる。有り難いフィードバックだったなあ、と思います。